2025年1月3日金曜日

私の2024年から2025年の年末年始の出来事集

年末年始は家族総出の泥沼の肉体労働

2024年と2025年の年末年始はほとんどを「土地」での仕事をしていました。

この見出しは誇張でもなんでもなく文字通り泥だらけになりました。

雨も降り、堀った溝には雨がたまって作業は全員、全身泥まみれ。

子どもでもないのに46才でまさか全身が泥だらけになるシチェーションがくるなんて夢にも思っていませんでした。

地面に穴を掘り、水を通すパイプを埋める

そんな地道な労働を家族総出でやっていました。

この写真の場所はトラクターが入らない狭い場所だったので、シャベルで手作業で掘りました。

石混じりの土で、掘りづらいこと、掘りづらいこと。

ピックアックス、日本語だと「ツルハシ」という道具を使って、土を掘り起こしてシャベルで掘って、という作業です。

そんな作業をしていると、想像でしかありませんが、昔の農地開拓や、トンネルを作ったりしてきた人たちはこんな風に働いていたのかなあなんて想像がふくらみました。

広い場所ではトラクターがやってくれるので、シャベルで堀る作業は少し楽でした。

これで、今までバケツに水をくんでトイレのタンクに入れて流していた小屋のトイレも、普通のトイレのように流せるようになります。もうすぐ。(その小屋とトイレの写真はこちらで載せています)

普段使っている家での水道やシャワーも、このように地面下のパイプを通って水が流れて、電気の力で吸い上げられて使えるようになっているんだという仕組みがわかりました。

その間、6才の次女はもちろん即戦力にはならないので、薪ストーブのある小屋で時間をつぶしていました。

薪ストーブなんて使ったことがないので、火をたやさないようにするにはどうすればいいのかスマホで調べながら、薪を追加していきました。

外での仕事を中断して時々ストーブの火の様子をチェックしながら薪をくべていました。

(薪ストーブはこちらで写真を載せています)

電気も水も何もない更地を購入すると

こんな初期段階から家造りをしないといけないんだと

今更ながらに思い知らされているところです。

 何もないところではあるのですが、近くに人は住んでいて、最近は光ファイバーを導入する工事もこの近辺で行われていました。

もうすぐ快適なインターネット環境も整うのだと思われます。


この土地にもたびたび登場するのですが、

作業中にエルクがよく現れました。

仕事中はスマホを携帯していないので撮れませんでしたが、車にのってるときに現れたエルクは撮れました!




セントレーリア・アウトレッツ(Centralia Outlets)に行く

12月28日、Centralia Outletsというアウトレットモールに行きました。

以前、長男のフットボール用のスニーカーを犬が噛んで壊してしまったことがあったのですが(しかも買ったばかりで)、そのときに夫が急遽靴を探しに行ったところでした。

その場所にまた行ってみたいと私がリクエストしました。

ワシントン州セントレーリアという場所にあって、家からだと1時間ちょっとかかります。

私は最後に自分の靴を買ったのは2021年。

永遠に履ける丈夫な靴があればいいのに。

見た目は普通なのですが、かかと部分がボロボロになってしまって、

この靴で2回、日本にも一時帰国しました。

本当によく履いた靴です。

この靴を買ったときのことは、

過去のこのブログの「油性ペンを使いたがる2才児」といタイトルで書いています。

履きやすくて歩きやすくて大好きな靴でした。

今は亡きローレンスにも、

「その靴はどこで買ったの?」

「いくらだった?」

「僕もそういう靴が欲しい」

と羨ましがられた靴だったのですが、もう泣く泣く「今までありがとう」と感謝しながらゴミ箱におさらばしました。

見た目はまだまだきれい(何度か洗濯してます)

やっぱり洗える靴がいいです。

うちの夫は、「汚い」という理由だけで靴を捨てることがあるのですが、本当に気が知れません。

汚かったら洗えばいいのにと、そういうときは怒りすら覚えることがあります。

こんどの靴は紐を結ばなくてもいいスニーカーにしました。

洗える「washable」という文字にひかれたのと、

スニーカーだけど紐を結ばなくてもいいという利点

アウトレットモールで買ったのでアウトレット価格のはずなのですが、結局50ドルくらいしてそんなに安いという感じはしませんでした。



日本食レストランに行く

アウトレットに行ったとき、GG's Teriyaki & Sushiという日本食レストランに入りました。

最初はタコベルかマクドナルドかどっちかにしようと話していたのですが、日本食のレストランを見つけるとみんなそちらに興味がむいて入ってみることに。

店員さんは見た目は日本人のようなアジア人だったので、ひょっとして日本語話せるのかな?と淡い期待をしたのですが、完全なるアメリカ人でした。(確かめたわけではないのですが、雰囲気と英語を話している様子から察しました)

店内は日本語のポスターが貼られてあって、日本にいるような感じ。

「静岡おでん」「富山おでん」とやたらと「おでん」のポスターが貼られていましたが、

メニューにはどこにもおでんは無かったように思います。

照明は、招き猫が描かれた提灯のような照明でかわいらしかったので写真を撮りました。



照り焼きボウルを食べました。

子どもたちはうどんを食べてました。

単品で照り焼きボウルだったのですが、なんかもう少し野菜とか付けてほしかったです。

ひたすら肉とご飯でしたが、

味はすごく美味しかったです。

こどもたちのうどんのスープもローストの香りが付いていて日本では味わったことのない美味しさでした。

ボバティーもあって、子どもたちはボバティーに目がないので、それも頼んで


結局トータル100ドル超え。

5人家族だと仕方ないのかな?

タコベルかマクドナルドにしとけばもっと安かったはずです。


虹🌈を見る

12月30日

土地へ向かう車の中から虹を見ました。

最初は縦にのびる虹だったのですが

追いかけていくとだんだんと形を変えて

最終的には半円状の虹になりました。

こんなにきれいな虹を見ることになるとは。

興奮で写真を撮りまくりました。

TikTokのアカウントがバンされる

その撮りまくった虹の写真をTikTokに投稿しました。

それをここで披露しようとしたら、

なんとアカウントがバンされてました。

理由が13才以下だからという理不尽なものだったのですが、

長女に話すと、理由は6才の次女の写真を載せていたからじゃないかという推測でした。

そんなたくさん投稿していたわけではないので、あきらめることとしました。

復元しようと試みたのですが、なぜかその試みの途中で新しいアカウントを作ってしまい、もう復元は断念。


最近ハマったベーグルの食べ方

ネットで検索しても

同じ食べ方は見つけられなかったのでここで紹介してみたいと思います。

半分にカットしたベーグルをトースターで焼きます。

クリームチーズを塗ります。

その上にクルミをのせます。

半分に切ったアボカドを潰します。

アボカドの皮に潰したアボカドを戻して、中央を凹ませてメープルシロップを入れます。

スプーンでアボカドをすくってベーグルに付けながら食べます。

甘いデザートのような感じですが、食事にもなってお腹も満たされます。

小腹がすいたときや、朝ご飯や昼ご飯によく食べています。


コストコで買い出し

1月2日、コストコで買い物をしてきました。

カート2つでも足りないくらいの量で、

「もう一つカートいるね」と娘と「どこに入れる?」と買うもののスペースを作りながら苦労しながら買ってきました。

5人家族ってこれが普通なのかな?

周りを見渡しもカート2つ分も買ってる家族は他にいなかった。

でもこれでしばらく買い物に行かなくてすむ。

予算は500ドルまでと言われていたのですが、レジまできて、「これは絶対700ドルいくね」とみんなで予想してたのですが、

実際は580ドルくらいでした。

700ドルいかなくて良かったと、レジで夫が安堵していました。

犬の餌、キッチンペーパー、トイレットペーパー、牛乳にアーモンドミルク、ココナッツウォーターの飲み物類

フルーツや野菜、スナック類。肉、パンに、冷凍食品、麺類

トラックの後ろに乗せるためのケースも2つ購入しました。






懐かしい光景を思い出す

1月3日、朝起きてきた長男が突然鍋に砂糖だけを入れて加熱しはじめたので

「何作ってるの?」

と聞いたのですが「キャンディーだよ」と言います。

何やらユーチューブをで作り方を見たから大丈夫というので、見ていたら最後にベーキングソーダを入れているのを見て、

「あっ、それは!」と懐かしい中学生時代の化学の実験を思い出しました。

「絶壁」というあだ名をつけられた化学の先生が、親子丼用の鍋を教室(実験室だったかな?)持ってきて、カルメ焼きというのを作ってくれたのを思い出しました。

先生は昔お祭りで食べたと言っていましたが、私はその後カルメ焼きに出会うことはありませんでした。

砂糖とベーキングソーダだけでできたものですが、少しこげた風味も混じって、なかなか美味しいものでした。

あとで聞くと、

ネットフリックスでやってる「スクイッドゲーム」を見て作りたくなったと長男が言っていたのですが、、、

(最近、スクイッドゲームの続編かパート2かわかりませんが、出たらしく、それを長女と長男が見ていました)

よくよく思い出すとだいぶ前、スクイッドゲームの最初のやつを見た長女が同じように、同じような飴状のものを作っていたのを思い出しました。

兄弟そろって、スクイッドゲームを見てカルメ焼き(実際は少し違うものだと思います)を作るという同じ発想でおかしくなりました。

スクイッドゲームは私は見たことはないのですが、日本では「イカゲーム」と呼ばれている韓国のドラマです。


久しぶりに何もない日

1月3日、久しぶりにどこにもでかけない家にいるだけの日でした。

撮りためていた写真をブログに載せようと、ブログを書き始めると思った以上に長文に。

基本、暇人な私の日常生活ですが、ブログを書くのは楽しいです。


車の中から撮った土地の近所の風景です。

これで田舎度合いを測ってもらえると思います。






牛たちもたくさんいます。


田舎暮らしの日記を読みに来てくれてありがとうございます。




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2024年12月25日水曜日

昼寝して終わる46才主婦のクリスマス

 プレゼントにラッピング

クリスマスの朝。

学校のある普段の日ですら起こさないと起きてこない長女が朝6時に自主的に起きました。

何をするためかというと、

クリスマスツリーの下にプレゼントを置くため。

夫の親戚が送ってくれたたくさんのプレゼントに包装紙を買ってきてラッピングしたのも長女。

誰のプレゼントか名前を書いて、朝ツリーの下に置きました。

準備ができると次女を起こしてサプライズさせたかったようです。

送ってもらったプレゼントにラッピングをするという発想は今まで私には無かった。

これがアメリカのクリスマスというものなのか、、、在米10年で気付かされる。


欲しいものが無い46才

去年もやった小麦粉で作るのサンタの足跡。

もう次女もこれには驚きません。

みんなプレゼントをもらって嬉しそうでした。

46才の私は義母から欲しいものを聞かれましたが、辞退しました。

食べ物以外の物欲がまったく無い。

年々、物欲が減っていくように思います。

私ごときが物を所有するなんてという自己肯定感の低さ。

美味しい食べ物ならウェルカムですが、それ以外のものは全然興味がありません。


ウィンターコンサート

毎年、冬休み前にはこどもたちの学校で音楽コンサートがあります。

今年は12月10日の夜6時からありました。

キンダーガーデンから6年生までが体育館に集まってコンサートをします。

その後、夜7時からはミドルスクールの1年生と2年生がコンサート。(うちの長女はこちらで演奏しました)

写真はキンダーガーデンから6年生がそろったところです。

私のスマホのカメラの機能でこんな風に体育館全体を写せる機能がありました。

日本の学校に比べると、生徒数少ないですよね。これで小学校とキンダーガーデンの全校生徒が集合したところ。田舎の学校なので。

これは長女の学年の演奏の一部です。


意気揚々とクリスマスツリーを出す


うちには間違えて買ってしまったクリスマスツリーがもう一つあります。(そのことは去年のブログで書いています→「クリスマスツリーを飾る」)

今年はこどもたちが両方のツリーを出してきて飾ってくれました。

日本と違ってお正月が無いので、おそらく2月近くまで出しっぱなしになるでしょう。

出すときは意気揚々と出してくるのですが片付けるときは誰もやりたがらないのが毎年のこと。

私が1月中には片付けようとと思っています。


前日の残りモノで

クリスマスの朝ごはん。

味噌をきらしていて無いので、鶏がらスープの素でスープを作りました。

それ以外は、前日や前々日の残り物を温め直して食べました。

私は魚。

近頃は私は肉よりも魚が食べたくて、コストコで白身魚を買ってきて冷凍してあります。

煮魚ばかり作っています。

リビングでは夫と子どもたち(上の子たち)がクリスマス映画を観てて、音がうるさいので

私と次女は別の部屋で一緒に朝ご飯を食べました。

いつも、そんな感じで、次女と私は別の部屋。

夫と長女と長男はリビングでテレビを観ています。

誰も興味は無いと思いますが、写真に写ってる魚料理ですが、

私の別ブログの方で紹介した「いんげんとミニトマトのオイル煮」というインターネットで見つけた「レタスクラブ」のレシピがあるのですが、そのレシピに白身魚を加えて勝手にアレンジした私のデタラメな料理だったのですが、

デタラメにしては偶然美味しくできました。


アイススケートで自責の念

12月21日。
長女がアイススケートに行きたいというので、行ってきました。

去年も行って、私はレンタルしたスケート靴で靴擦れして痛かったので、今年は滑りませんでした。ただ見てるだけ。

寒いところでただただひたすら家族が滑ってるところを見学していました。


去年は私が次女の手をとって一緒に滑ってあげたのですが、今年は私がすべらなかったせいで、次女の面倒を兄弟同士でみないといけなくなってしまって申し訳なかったなと後になって思いました。

夫も滑ったのですが、早々に「疲れた」と言って終了してました。

去年一度滑っただけなのですが、もうアイススケートはコリゴリ。

小さい兄弟がいると上の子たちが面倒を見ないといけなくなってしまうので、なんだか申し訳なくなってしまいます。


この前、長女が食事中に次女から

「水ほしい」

「ぬれたタオルが欲しい」

とか立て続けに言われて私が手が離せない作業をやっていたので、長女が全部次女の要求をきいて面倒をみてくれていたのですが、そのときに長女が

「大人になっても絶対に自分の子どもは欲しくない」

とボヤいてて、そんな思いにさせてしまったのは私のせいかと自責の念に駆られてしまいました。


自責の念と後悔

最近やたらと自責の念に駆られたり、人生を後悔したり後ろ向きな考えになったりします。

(写真は、クリスマスプレゼントでもらった子供用のメイクセットで遊んでいるところ)

アメリカに引っ越してきたことを後悔したり、

子どもを生んだことを後悔したり、

そもそも夫と結婚したことを悔やんだり、

自分のしてきた人生の選択を間違えたと思ったり。

仕方のないこともあったのですが、

自分で自分の人生をコントロールしてきたつもりが、コントロールがきかなくなってしまった感があって、落ち込むことがあります。

こんなことを考えてしまうのも、子どもたちが大きくなってきて自分の時間が増えたせいかもしれません。

後ろ向きな悪い事は考えない方がいいに決まってるので、もっと楽観的にいきたいものです。


流れに身をまかせて

キラキラのすごいメイクを施した子どもたち二人から

「次はママの顔にメイクしてあげようか?」

と言ってくるので、必死に断りました。

この後、私はこの部屋でリラックスしていたら知らない間に寝てしまっていて、

気づいたら夕方5時半。

クリスマスに昼寝しすぎてなんにもしない一日を過ごしてしまいました。

夜にはパスタを作りましたが、200グラムのパスタで5人分は足りなくて、パンも食べました。

普段パスタを作っても全員は食べないことがほとんどなのに、今回は全員食べたがるという珍しいこともあるものです。

いろいろ悩んだりもしますが、今は子どもたちの成長を見守ることに専念するとして人生の流れに身をまかせて流される方向に流されていこうと結論づけました。


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2024年12月19日木曜日

料理嫌いのアメリカ在住ズボラ主婦(46)のコロッケにまつわるエトセトラ

先日コロッケを作ったのですが、

なぜ、コロッケなどという面倒な料理をしようと思ったのかというと

コロッケを作った理由

  • コロッケの作り方のユーチューブを見た。
  • 使わないといけない揚げ油があった。

ユーチューブでコロッケの作り方を見た。

料理嫌いではあるものの、46年も生きていて専業主婦をやっていれば数える程度ではありますが、コロッケは作ったことがあります。

何度作っても「これは完璧だ!」となるような納得するコロッケを作ったことはまだありません。料理人の人がどうやってコロッケを作るのかユーチューブ動画を見てみたくなりました。のちほどそのユーチューブ動画を紹介します。

それを実践してみたくなったのと、

夫が一度だけ使った揚げ油があった。

夫から「あとでまた使うから」と言われて、そうなのかと思ってそのままにしておいたら何日も何日もずっと永遠にいつになっても使わないということは過去に何度もあったので、私が使わないとまた放置されてしまうという懸念がありました。

それもコロッケを作ろうという意欲が湧く後押しをしました。油はあともう一回使って捨てようと思ったので。

コロッケは理由がないとなかなか作ろうという気がおきません。

コロッケを作らないといけない条件が2つ以上あることが必要になります。

この他にはただ単に「コロッケが食べたい」という欲望があることでも作ろうという気持ちになることがあります。


今の季節は外を冷蔵庫として利用できる

前日のうちにコロッケの中身は作っておきました。

今は外が寒いので外を冷蔵庫代わりに利用していて、コロッケの中身(じゃがいもをマッシュして味付けしたもの)を鍋ごと外に置いて冷やしておきました。

今回は肉を入れずに(無かったので)、じゃがいもと、玉ねぎと冷蔵庫に余ってた野菜を入れました。

その他にも普段は、作った味噌汁やスープ、オートミール(作り置きしておくと楽なので)、その他にも作った料理はなんでも鍋ごと外に出しています。

冷蔵庫の中に入れるとなると、鍋は大きすぎるので容器に移してから入れないといけないのでその手間が省けるという点で外を冷蔵庫として利用するのは便利です。

見た動画の中ではコロッケの中身はキンキンに冷やしておいたほうがいいそうです。そのように前日から仕込んでおくお店もあると言っていました。

冷やしておいた方が油で揚げるときに崩れないそうです。


関係ないのですが、この日の前日の夜は外は荒れ模様で風が強く、鍋のフタが飛ばされないか少し心配になるほどでした。

夜は停電もありました。天候が荒れると停電になるという傾向があるようです、ここ最近。

先月、日本に一時帰国してアメリカに帰るときカナダのバンクーバーで乗り換えしたのですが、その乗り換えの飛行機に乗るときの気温差に本当に驚いたのです。「まるで冷蔵庫の中みたい」と思ったのがこの外を冷蔵庫として利用する発想になったきっかけです。

ワシントン州の自宅に到着しても外は冷蔵庫の中にいるみたいだと思った体感温度に変わりはありませんでした。日本は暖かかった。


コロッケ作り当日は丸める作業からスタート

冷やしておいたコロッケの中身を丸めて形を作って冷蔵庫にスタンバイさせておきます。

面倒なコロッケ作りですが、前日から用意しておくと当日の作業は楽。

丸める、卵をとく(卵は白身を切るように白身のどろっとしたかたまりをなくすのがコツだそうです)、小麦粉とパン粉を広げておく。

揚げ油の準備。それだけ。

でも、実際にここまで準備が整うと

気持ち的には戦闘モードに入ります。

ここで油の温めも同時にスタートしておきます。

うちのレンジはIHのような見た目の電気コンロなのであたたまるまでにかなり時間がかかります。

油の沸くフツフツという音が聞こえてきたので温度計ではかってみるとまだ120度くらいでした。

よく菜箸を入れて泡がブクブクと上がってくればOKといわれていますが、それで何度も失敗しているのでやっぱり温度計は確実だと思います。


アメリカにもパン粉は売ってる

パン粉はウォールマートに行ったときにたまたま見つけて買っておきました。

パン粉はハンバーグを作るときにも使うので買っておいて良かったです。

パン粉がうちにないときは、パンを粉々にして(ミキサーとかで砕いて)自分で作ったりもしたことがあったのですが、

コロッケを作るときは、やっぱり市販のパン粉のほうが上手くできるような気がします。

コロッケって今までに数えるほどしか作ったことないのですが、あまり上手にできた試しがない。


できれば作りたくないコロッケ

コロッケって、本当に作りたくない。

日本に住んでいたら、できたコロッケが売ってるので自分で作ろうなんて発想にはならないです。

できれば作りたくないと思ってるので、

いざ作ろうと思うと、まるで戦闘態勢に入るような心持ちになります。

小麦粉、溶き卵、パン粉を並べて、さあ作るぞと心構えをします。

見たユーチューブでは、

(ここらへんでその参考にしたコロッケ作りの動画を紹介します。こちら↓最初のトークから面白いです。昭和生まれの人にはわかる内容です。)



片手で溶き卵にくぐらせて

もう片方の手でパン粉をつける。

そうすればパン粉の入れ物はベタベタにならず、手に、ドロドロとした衣がまとわりつかない

溶き卵をくぐらせる作業と、パン粉を着ける作業は片手で行うのがポイントだそう。

そして、揚げてる最中は揚げることだけに集中する。

揚げる作業に入る前に、丸めたコロッケの中身にパン粉をつけるところまで完了させておきました。

以前、揚げながら衣を着ける作業を並行してやったことがあるのですが、落ち着いて揚げられずに気持ちがあせってしまってうまく作れなかったことがあります。

平穏な心でないと揚げ物は失敗するとその時思いました。


コロッケ作りの一番の難関

コロッケ作りの工程の中で一番の難関は油で揚げる作業だと個人的に思います。

過去の失敗もふまえて、今回はちゃんと温度計で油の温度もはかりました。170度。

170度になった油の中にパン粉をつけたコロッケを投入していきます。

ここが一番緊張するところです。

投入から3から4分。色合いを見て取り出します。

準備万端で挑んだコロッケ作り、今回は今まで一番うまく揚げれたように思います。


私の致命的落ち度

贅沢をいえば、揚げ物バットという油切りする道具があればよかった。

揚げ物はできればしたくないので、道具も持っていません。

どうせ買ってもそんなに使わないだろうと、買う気もおきないからです。

重ねたキッチンペーパーの上に置いたのですが、ちゃんと揚げ物用の道具もそろえたいなとアラフィフになって今更ながらに思いました。今から買っても使うのはせいぜいあと20年〜30年くらいでしょうか?80を超えてもコロッケを作るのか?(自問自答)

20代、30代で買っておけばもっと長く使えていたことでしょう。46才でまだ買っていない。

コロッケにかけるソース

日本ならブルドックソースとか、とんかつソースとかコロッケに合う美味しいソースが色々とあるのですが、アメリカには無いので代わりになるソースの候補をいくつか紹介します。


LEA & PERRINSのウスターソース(“ウォしゃしゃー”みたいな発音の仕方をします)

「アメリカのウスターソース」(←以前私の別のブログで紹介したことがあります)



バーベキューソース

肉にかけるソースですが、ソース自体が美味しいので何にかけても美味しくなります。

以前、別のブログでお好み焼きにかけて食べるのを紹介したことがあります。

「お好み焼きソースの代用にバーベキューソースの提案」


ジャパニーズバーベキューソース

コストコに売っています。

これも以前ブログで紹介したことがあります。

「ばあちゃんず ジャパニーズ バーベキューソースをレビュー!」

生姜の味がきいてるソースで、コロッケにも合いました。


あとは、醤油という手もあります。

これらは完全に好みによると思います。


いつのまにか名物に

私の育った静岡県三島市は、いつの間にかコロッケが名物となっていました。

私が子供の頃には「ご当地グルメ」なんて存在していなかったと記憶しています。

「みしまコロッケ」といい、三島市の中のいろいろなお店で売られています。

私も、先月日本へ一時帰国したときに三島駅近くの居酒屋風なお寿司屋さんぽいお店に入って

「三島丼」と「みしまコロッケ」を注文して食べました。

私の父も言っていましたが「みしまコロッケ」といっても普通のコロッケと同じ。

写真は三島丼。

コロッケの写真は撮らなかったのですが、普通のコロッケでした。

三島で採れたじゃがいもで作っているという特徴があるようです。




コロッケにまつわる脈絡のない私のおしゃべりにおつきあいいただきありがとうございます。

楽天でも売られてました!↓


みしまコロッケ 40g 8個入り



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2024年12月6日金曜日

2年ぶりの日本への一時帰国(子どもたちは11年ぶり)

 2年ぶりに日本へ行ってきました。

2年前は一人だったのが、今回は子どもも連れて帰りました。

子どもたちのうち上二人は日本に最後に来たときの記憶はほとんどないので初めてと言ってもいいくらい。

一番下の次女は本当に初めての日本でした。

写真は実家の窓から見える富士山。

富士山なんて、子供の頃は毎日嫌でも視界に入ってくるただのでかい山っていうつまらない存在だったのが、

日本を離れて、久しぶりに見ると貫禄があって存在感のある山だなあと真逆の感想に変わり、日本にいる間はずっと毎日チェックして雲で隠れてないか気にしてしまうほどでした。

私が子どもの頃に着た着物がまだあって、

6歳の次女に着せてみたらピッタリでした。

他にも亡くなった母の着物などもまだあって、父は「捨てないと」と言っていました。

捨てないといけないものが着物以外にもタンスなどの家財道具がいくつかあるようです。

まだ父も元気なので、「元気なうちに処分しないといけない」と言いますが、

次実家に帰ったときにはもう無いのかと思うとなんかさみしい気もします。

モデルのようにポーズをとる次女。

可笑しい。

うちの実家も、借地権付きであと23年らしいです。

その頃には父は100歳。

父があと何年元気でいられるか、実家も永遠に存在するわけではないという厳しい現実を突きつけられている気がします。

遅くても23年後にはもう私は日本に帰る場所がなくなります。


母のために建てたお墓にくるのもこれで2回目。

日本に住んでたらもっと頻繁にきていたことでしょう。

なんでアメリカに引っ越したんだ私、と自問自答して、今になって後悔してももう遅い。

お金に余裕があればもっと頻繁に日本に帰ってこれたのにとも思いますが、過ぎた年月はもう取り戻せません。

この帰省中に次女の誕生日がありました。

アメリカにいるといつも手作りするケーキですが、日本には美味しいケーキ屋があるのでその必要もありません。

ずっと食べたかったモンブランを今回の帰省中に全部で3個も食べて満足できました。

前回きたときは2週間だけだったのですが、今回は11月4日から25日までと、たっぷり日本を満喫してこれました。

古い友人たちとも会えました。

アメリカには友達ゼロなので、日本にはちゃんと友達がいるんだと子どもたちにも知ってもらえたことでしょう。

小学校時代からの友達には約20年ぶりに感動の再会となりました。


今回の帰省は夫が独断で決めたことでした。
最初は、なんで11月に?子どもたちの学校はどうするの?
と反感がありましたが

結果私は友達にも会えて、不動産の売却時期とも重なり良かったことづくめでした。
(不動産売却については「海外在住者が日本の不動産を売却した経験について」でも詳しく書いています)

子どもたちは日本のいろんな観光名所、娯楽施設などにも行ったり回転寿司やたこ焼き、ラーメンなども堪能できて良い思い出になりました。


お墓参りをしていて、私は死んだらどこのお墓に入るんだろうと、、、将来はどこにいるんだろうと、、、アメリアに来たことが悔やまれてきました。

将来、子どもが巣立ったら日本に帰りたいという気持ちが芽生えてきました。

海外に住む日本人の将来の悩み“あるある”かもしれません。



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2024年11月28日木曜日

海外在住者が三為契約で日本の不動産を売却した経験

 あまり聞き慣れない「三為契約(さんためけいやく)」について、経験した目線で書こうと思います。

「三為契約」の言葉の意味を調べればネット上に丁寧に解説されたものが多く出てきますが、実際にその方法で自分の不動産を売った側の経験から思ったことを書いていきます。

三為契約は私の場合は実際にこのような形で行われました。

私が所有している不動産を買いたいと言ってくるのは不動産屋Bです。

ところが不動産屋Bは私の不動産(マンションの一室)をリフォームして更に高値を付けて別の人に販売します。

私はその不動産屋Bが見つけてきた購入者と直接売買契約を交わすことになります。

それによって不動産屋Bは販売利益を得るだけでなく節税対策もできることになります。

ただし、期限までに購入者を見つけられない場合は販売利益と節税メリットを受けることなく私から買い取らなければならないというリスクがあります。

簡単に言うと、三為契約は不動産屋Bのメリット(販売利益と節税)のために行われる不動産売買の契約形式といっていいのではないかと思います。

私や購入者、不動産屋Aにはなんのメリットもありません。

メリットがあるとすれば、売却後の不動産物件の不具合の対応を私はしなくても済むということくらい。

これはあくまで実際に売った私側の意見です。


実際の売買契約書とスケージュール

私は、不動産屋Aから「売買契約は私と不動産屋Bが見つけてきた購入者と直接交わすことになる」と聞いていました。

ところが、実際に8月に交わした売買契約書は私と不動産屋Aと不動産屋Bの名前が書かれた契約書でした。

8月にそのような売買契約を交わし、不動産屋Bはその契約を交わした後3ヶ月間のあいだにリフォームと購入者探しをします。

私はその間、期限までいつ決まるかわからない購入者を待ちます。

私の場合、海外在住で日本領事館へ出向いて必要書類を揃えなくてはならない上に、日本への渡航予定が決まっていたため、なるべく早く準備を整えたかったのですが、不動産屋からは購入者が決まらないと書類の準備ができないと言われ、当初かなり焦りました。

(↑こんな感じのスケジュールでした)

日本領事館の予約(在留証明や署名証明のための)はかなり前(一ヶ月くらい前)から入れておかないと取りづらいという状況でした。

購入者が決まらないと書類の準備ができないと言われていた書類はどんなものかというと、購入者名を記入する必要のある書類だったのですが、結局、諸事情により購入者名は未記入のまま日本領事館に書類を持っていくことになったのです。

念の為、「諸事情により購入者名(登記原因証明情報の権利者の部分)は空欄のままですが〜」と書かれた司法書士からのメールの文面をプリントして領事館へ持って行きました。

領事館では未記入の部分にはふれられず無事にすべての必要書類をそろえることができました。

不動産屋Aが言った「私と購入者(不動産屋Bが見つけてくる購入者)が直接契約を交わすことになる」、の真意は売買契約書のことではなく、司法書士が用意する“所有権移転の委任状”と“登記原因証明情報”に書く必要のある“権利者”欄の氏名のことを指していたのだと後になって気づきました。


「公証役場」という存在

さらに、あとで調べてわかったことなのですが、在留証明があれば署名証明は日本でも公証役場へ行けば入手できるということもわかりました。

(電話で公証役場に問い合わせたところ、在留証明の他にパスポート、免許証も必要と言われました。)

私はそのことを当初知らずに、かなり焦って不動産屋に「早く書類が必要です、直接司法書士と話させてください」という手荒な要求をしてしまったのですが、あとから考えると先に領事館で在留証明だけを入手しておいて、日本に到着後に公証役場で署名証明を取得することも可能でした。

はじめから公証役場の存在を知っていれば焦ることもなかったはず。

公証役場は日本全国にあるので、海外在住者で日本で署名証明が必要になったときは事前に必要な書類を確認の上でご利用ください。


海外在住者が三為契約をすると…

このようなヤキモキする切羽詰まった心境にもならざるをえなかったので、三為契約にはあまり良い印象を持っていません。

とはいえ、三為契約によって3ヶ月先にはなるものの自分の売却したい物件を購入してくれるという業者がわりとすぐに現れてくれたのはラッキーだったのかもしれません。

私の場合はたまたま引き渡しの時期に日本渡航の予定ができてしまったのでこんなバタバタになってしまいました。

それによって銀行関係書類(住宅ローン繰り上げ返済依頼書や司法書士の委任状)のやりとりはスピーディーにできたという良い点はありました。

もし、日本にいなくて海外で銀行関係の書類をやりとりしなくていけなかったとしたら、かなり時間に余裕をもって準備をしなくてはいけなかったと思います。

私が住宅ローンを組んでいた銀行は、郵送物は日本国内の住所にしか送ってくれなかったので、ローンの返済予定などが書かれた手紙類は日本の実家からアメリカへ送ってもらっていました。
なので、今回の繰り上げ返済のときも同様に、日本の実家を通してでしか書類のやりとりはできなかったので、このタイミングで日本へ一時帰国していたのは偶然だったとはいえ良かったです。

もし、これから海外在住で日本の不動産を売却するという方がいましたら、参考までに前回の私のブログ「海外在住者が日本の不動産を売却した経験について」も御覧ください。


2024年11月27日水曜日

海外在住者が日本の不動産を売却した経験について

 無知で無能なまったくの素人の海外在住者が日本で所有している不動産を売却するために必要な手続きを実体験に基づいて紹介しようと思います。

私はこの11月に30歳頃に日本で購入した不動産(マンションの一室)を売却しました。

所有していたのは2008年から今年2024年の約16年間。

売却がこんなにも大変だったなんてとつくづく思ったので苦労したことと、必要だった書類などを紹介します。

1)海外在住者が日本の不動産を売却するときに知っておくべき知識

まず私を苦しめたのは源泉徴収税です。

まったく無知だった私は不動産屋から売却の見積もりをとったときに提示された金額を見て、

「これなら住宅ローンを完済できるから売ろう」と即決しました。

ところが、そのあとで海外在住者には源泉徴収税が10.21%も課税されて受け取れる金額は売却金額の89.79%だけという事実を知ります。

そうすると私の場合、ほぼプラスマイナスゼロくらいになりました。まったく青天の霹靂の心境でした。無知だった私が悪いのですが。。。


2)必要書類

これは人によって違うかもしれませんが、私が必要だった書類を紹介します。

  • 登記識別情報通知(購入時に入手するものです)
  • 建設住宅性能評価書(購入時に入手するものです)
  • 設計住宅性能評価書(購入時に入手するものです)
  • 区分所有者変更届(不動産屋が用意してくれました) 

この4つは事前にアメリカから日本の不動産屋へUSPSからPriority Mail Internationalで送付しました(送料は45ドル近くかかって高かったです)。

このほかに

  • (売却する年の)固定資産税課税明細書

これは毎年送られてくるものなのですが、私はアメリカ国内で住所変更したときに市税事務所の方に住所変更の連絡をしていなかったので受け取れておらず、持っていなかったのですが、不動産屋の方で代わりに入手してもらうことができました。

そしてさらに司法書士の方ともやりとりをしなければなりません。司法書士は不動産屋から紹介していただきました。司法書士の方に用意してもうらう書類には署名証明と在留証明が必要になるので、日本領事館に行かなければなりません。以下の書類を用意する必要がありました。

  • 在留証明書(提出先は法務局と記入しました)
  • 住所移転についての上申書(アメリカ国内での住所変更を法務局に届け出ていなかったので必要でした)
  • 住所変更登記の委任状
  • 抵当権抹消登記の委任状
  • 所有権移転登記の委任状
  • 登記原因証明情報
  • 国内連絡先がない旨の上申書(令和6年4月からの制度変更のために必要になったそうです)

上記の在留証明書以外の上申書と委任状は司法書士の方が用意してくれる書類なのですが、これらにはすべて署名証明が必要でした。

領事館へ予約を入れて入手してきました。全部で81ドルかかりました。大きな出費でした。


署名証明は、それぞれの書類と二枚重ねになっていて、左上を糊で止められています。

そのめくった部分に領事館の印鑑が押されています。これを「割印」と表現するようです。

1枚目のそれぞれの書類には拇印が2箇所押すところがあります。これも領事館の窓口で行います。






さらに売却前に必要だったのは銀行関係書類です。

  • 繰り上げ返済依頼書
  • 委任状(司法書士名を書きます)

ここでは銀行登録印が必要でした。

ここでも落とし穴がありました。これらの書類は銀行が用意してくれるのですが、アメリカ国内で引っ越しをしたときに住所変更を銀行に届け出ていなかったので、現在の住所と銀行が把握している私の住所に相違がありました。

銀行は繰り上げ返済依頼書の記入の仕方として記入例を用意してくれてありました。その記入例には私がアメリカに引っ越した当初のカリフォルニアの住所が記載されてありましたが、私は現在の自分の住所を書いて送ったところ、カリフォルニアの古い住所を書かなければいけないと言われ、再度修正して送り直さなければなりませんでした。

委任状も同様で古い住所を書く必要があり修正して再度送り直しました。

これらの書類のやり取りは海外在住だと日本と郵送でのやりとりが発生してくるので時間のかかる作業になります。


3)帰国の必要があるのか?

不動産屋からは帰国の必要はありませんと言われていました。実際に必要なかったと思います。

ところが、私の場合、全然帰国するつもりはなかったのですが、夫の突発的な発案によって(全然この売却とは関係なく)日本に行くことなりました。なんという偶然なのでしょう!

結果、帰国していて良かったということがありました。

まず、銀行の書類は住宅ローン完済予定日の10日前くらいに実家の方へ届きました。(銀行は国内の住所へしか郵送物を送ってくれません)

先程も書きましたが、私がアメリカ国内での住所変更を銀行に届け出ていなかったために住所の相違があり、書類を修正して再送する必要があったため、急いで(完済予定日の2日前までに銀行に到着しなければならなかったので)レターパックを使って送り直したという経緯があったので、帰国していて良かったということになります。

当初の予定では、私の印鑑(銀行登録印)を実家へ送付して、実家の父に繰り上げ返済依頼書と委任状を代筆してもらう予定でしたが、銀行が代筆をNGとしたためそれはできませんでした。それも帰国していて良かった点です。

偶然が重なり結果、帰国していて良かったことになります。

帰国はしていたものの、完済の立会などには行っておらず実際には不動産屋にも司法書士にも銀行にも行っておらず誰とも顔を合わさずに電話とメールのやりとりだけで売却を済ませることができました。

電話でのやりとりも必要だったのでやはり帰国していて良かったと思います。


次回は「三為(さんため)契約」について書こうと思います。